怖~い体験(1)



第1話 ソウルで一泊
回の旅行は、旅費の安さのみでツアーを選んだ。
航空便は大韓航空で、よくありがちなパターンだが、行きにソウルに一泊しなければならないように設定してある。ショッピングとか食べ物には興味がない我々にとっては、ソウル経由の旅程はあまり歓迎できるものではない。が、そこは前向きに考えて、自ら計画して行くことはないであろうソウル旅行が、セットで付いてくるので儲けものだと思っていた。

の旅費の1万円少々の節約と楽観的な考えが、ぞっとするような体験の幕開けになろうとは、夢にも思わなかった。

テルに到着後、軽く昼食を摂り、「さて何をして時間を潰そうか」とガイドブックを開くと、近くの南山公園にソウルタワーがある。散歩がてら出かけてみた。ケーブルカーで山頂に登り、しばらくぶらぶらした後、傍らの日本でいう喫茶店のような店に入った。
店内に客はいなく、店の子(オーナーか?)が何やら手作業をしていた。突然入ってきた我々に彼女は怪訝な顔をしたが、注文したビールを運んでくると、何事もなかったかのように自分の仕事に戻って行った。
こうして、ビールを3杯ほどお代わりをしながら、明日からのフィジーについて話し込んでいるうちに、窓の外は薄暗くなってきた。



第2話 日本料理店で夕食
テルへ一旦帰り休息した後、晩飯を食べに繁華街へと出かけた。普通は、韓国と言えば韓国式焼き肉といきたいところだが、あいにく、この日は食欲があまりなく、あっさりとしたものが欲しかった。

ばらく辺りを徘徊した後、ふと目にとまった日本料理店(寿司)に入ることにした。店内は白木を使った落ち着いた雰囲気で悪くない。寿司屋といってもチゲ鍋とか韓国料理もあるので、地元の人が何組か食事をしていた。ちなみに、日本人客はいなかった。

寿司をあてにまずはビールで乾杯!スーパードライキリンも用意してある。
やがて腹が張ってきたので酒(日本酒)にしようということになった。ビールの品揃えを考えると、ひょっとすると、冷酒(れいしゅ)も置いてあるかと思って尋ねてみたが、なかなか通じない。日本酒=熱燗の認識しかないようだ。結局、冷や酒(ひやざけ)がグラスで出てきて、まっ、いいか!

ころで、ソウルでは日本語が通じると聞いていたが、話せる人はペラペラ、話せない人は簡単な単語もダメ。英語がOKならよいのだが、こちらはなおさら通じない。冷酒の件は通じなくって当たり前だが、今までに行った国の中で一番言葉に困った。意外だ。

のやり取りを見ていたのか、一人の男が我々の席に寄って来た。



第3話 日本語の上手な男
完璧な日本語で話し掛けてきた。そして、我々の事情を聞くと、ウェイトレスの間に入って意志の疎通をはかってくれた。もちろん、彼は韓国人である。年齢は30前後だろうか。

ばらくすると、その男は我々の席(8人くらい座れる大きなテーブル)に移ってきて、一言断った上で隣に座った。初めは、当たり障りのない話、例えば、「(日本の)どこから来たのか」など観光客に対するごく普通の会話であった。そのうち、彼は我々の食べている寿司を見て、「なぜ、韓国に来てまで日本食を食うのか」と少々不満気に問う。

国料理についてはとにかく辛いぐらいの認識しかなかったので、今思うと、何となく胃の具合から避けてしまったのかも知れない。しかしその時は、これといった理由などなかったものだから、申し訳ないが適当な返事をしてごまかした。

がウェイトレスに何か注文していると思ったら、やがて出てきたチゲ鍋を、小鉢に取り分けて我々の前に差し出し、折角韓国に来たのだから食えと言う。彼のおごりらしい。よく知らなかったが、チゲ鍋にもいろいろ種類があって、これは魚チゲだそうだ。思ったほど辛くもなく、結構いける。
そう言えば、寿司にセットで出てきたキムチ(何という取り合わせだろう!)も、日本で食べるもののようなヒリヒリするような辛さはなく、一味違って美味しかった。

も弾んだ。いくら相手の日本語が上手いといっても、ある程度気を使いながら話さなければならないのが普通だが、この時はそんな心配は皆無だった。
理由が分かった。日本で早稲田大学に留学していたことがあるというのだ。学生街についても詳しい。
そして、今は軍人で、プサンの方に家族を残し単身赴任でソウルに来ているそうだ。頼みもしないもに、パス入れから奥さんと子供の写真まで出して見せてくれた。

っかり意気投合してしまい、やがて、「この後カラオケに一緒に行かないか」と男が提案してきた。



第4話 カラオケに誘われる
ルコールが入っていていい気分だったのと、旅先でのこういったハプニングを面白いと感じる方だから、あまりためらいもせず同行することにした。自分一人であれば、まず断っていただろうが、こちらは二人という安心感が手伝っていたのも確かである。

定を済ませ外に出ると、男は「この辺りにはカラオケはないから、タクシーに乗っていこう」と言い、近くのタクシーの運転手と何やら交渉し始めた。

クシーが止まった。10分くらい走ったろうか。そこは大通りではあるが、繁華街の喧騒とはほど遠い、割と静かな一角だった。車から降りると彼は、「自分のよく行く店だが、そこでよいか?」と尋ねる。よいかと言われても、否定する理由はない。我々は、男の後に続いて、階段を降りていった。そう、その店は地下1階にあったのだ。

内は、我々のイメージ、すなわち、日本のカラオケボックスの雰囲気とは、大きく違っていた。奥にカウンターがあり、ホールにボックス席が5つくらいあったろうか。これだけなら、むしろラウンジといった感じだ。カウンターの反対側に、個室が3つか4つ用意されている。そのうちの1室では既に地元の人が歌っていた。

り口に一番近い部屋に案内された。室内には、大きなテーブルがあり、その周りを「コの字」形にソファが取り囲んでいる。総勢12名くらい入りそうな、割と大きな部屋である。男は「コの字」の上側の位置に、一緒に行ったK氏は下側の位置(こちら側にドアがある)に、そして私は右側の位置に座った。

は「飲み物はウィスキーの水割りでよいか」と尋ねた。私はOKだったが、K氏はメニューを見せてくれと言って、トイレに立った。すぐに、飲み物が出てきた。ウィスキーのハーフボトル(という言い方をするのかな?)が3本並んでいる。トイレから戻ってきたK氏が「こんなの注文していない」と言ったが、男は「これがコリアンスタイルだ」と答える。



第5話 怪しい雰囲気
割りを作ってくれた2人の女の子は、そのまま、我々3人の間に座った。そして、それぞれがK氏と私に密着するような形になった。
おいおい、これじゃカラオケの雰囲気ではないぞ。もっとも悪い気はしなかったが・・・

りあえず乾杯をし、すぐに、我々をここに連れてきた男は歌出した。♪椿咲くー、春なのにー♪
ご存知韓国民謡の定番「プサン港へ帰れ」だ。伸びのある声で堂々と歌っている。かなり上手い。いや、本当に上手かった。

いてK氏が歌った。こちらは、失礼ながら何を歌ったのか記憶にない。男は私にも何か歌えとしきりに勧めるが、なかなかピンとくる歌が見つからない。しばらくページを繰っていると、先ほどから剥いていたりんごを隣りの女の子が差し出してきた。

初に出てきたウィスキー、女の子、フルーツ盛り合わせ・・・。何となく嫌な予感がしてきた。
フォークで差し出されたりんごを手で取ろうとすると、食べさせてやるから口をあーんしろと言う。また、私の右腕をとって自分の腰の辺りに誘導しようとする。

が今度は、「北国の春」を歌い始めた。この頃からK氏が落ち着かなくなってきた。
電話はどこにあるのかと尋ねて、部屋の外に出て行く。やがて戻ってきて、「今電話したら、ホテルに残してきた連れの具合が悪いので、自分は先に帰る」と言う。

んでもない。こんな所に残されてたまるものか。私はとっさに、「えっ、あいつ、そんなに悪いん?」と返した。もちろん、連れもあいつも、どこを探してもいないが!

は私に残らないかとしきりに言ったが、「連れの具合が悪いのに、そんな気分にはなれない」と突っぱねた。とにかく、一旦ホテルに帰るので、勘定をしてくれと・・・



第6話 勘定!
屋の外で、K氏がもめている。私はトイレに行きたくなったので、席を立ち、部屋から出て行こうとすると、横に座っていた女の子が足を投げ出すような形で、私が部屋から出て行くのをブロックしてきた。逃がすまいとの思いからか。「トイレ、トイレ!」と言って足を払いのけてドアのところに行ったとき、K氏が勘定を書いた紙切れを持って入ってきた。

は、ちょっとくらい高くても支払って、一刻も早く退散したい気分だった。紙切れに目をやると、何ウォンだったか忘れたが、日本円で1万5千円くらいに見えた。そこで、「もう払ろて、出ましょ。」とK氏に言い残して、トイレに向かった。

イレで小用を足していると、遣り手ばばあが覗きに来た。鍵を掛けていたかいなかったか、覚えていないが、「何じゃ、このばばあ!」(下品で失礼)と思ったのは確かである。
ところで、遣り手ばばあと書いたが、私は遣り手ばばあに実際会ったことがない。が、何となく持っていたイメージから、「こんな奴っちゃ」と思ったのである。

イレから戻ると、ホールでは、K氏が今にもつかみ掛かりそうな感じで口論している。私はもう一度勘定を見せられた。先ほどは1桁見間違えていたのだ。ということは、日本円で15万円
不思議なことだが、とてもそんな状況ではないのに、急に阿呆らしくなってきた。「こんなもん、払えっかい!」と思わず口を衝いて出た。

のオーナーらしい男と我々を連れてきた男。遣り手ばばあと女の子2人は、奥のカウンターの方からこちらを睨んでいる。今までの愛想は何だったのか。私はトイレに行っていて知らなかったのだが、この他に若い衆が4、5人、店の入り口を固めていたらしい。

は、K氏、私がトイレに行っている間に、脱出を試みたそうだ。途端にその若い衆が階段を駆け登って、入り口を押さえてしまったという。中にプロレスラーのようなごっつい奴がいたので、諦めたらしい。
しかし、まあ、何という人なんだ・・・


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